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December 15, 2019

ユーリコ最後の重賞勝利

昼前、実家へ。父の四十九日の法要。もろもろ終えて午後4時前帰宅。
宇高航路がこの日限りで廃止になったというニュース。宇高連絡船と言われていた、たしか昭和の61年(1986年)。仕事でツアー暮らしをしていたころ、高松から乗って岡山の宇野港に着いたのがたしか午前2時頃だったか。フェリーが24時間運行ってすげーなと思ったところ、「道路の代わりだから24時間動いているんだよ」と教えてもらったのを思い出す。
 
競馬●G3ヴェイルディクトリS(ウッドバインAW14F,3&up):3コーナー過ぎで先頭に立った断然人気パンプキンランブルが2着のフィアサムに5 1/4馬身差をつけて圧勝でこのレース連覇。今シーズン限りでの引退を表明していたユーリコ・ダシルヴァは最後のステークス騎乗で勝利。2020年のペガサスワールドCは当日の薬物使用を認めず。賞金は大幅減額でペガサスワールドCが300万ドル、ターフが100万ドルに。で、登録料制度は廃止。昨年の賞金は900万ドル/700万ドルだった。
 
本日の酒●続きのチェスコン リボッラ・ジャッラNV。酔鯨・純米吟醸・吟麗・中取り。

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Comments

瀬戸大橋開通前は先行して廃止した「宇高国道フェリー」が『昼も夜も19分ごと』に
運行してましたから。四国フェリーも同等レベル。
さらに国鉄の宇高連絡船が4隻体制で運航していて、帰省時には座席確保のために
宇野駅に電車が到着する都度に連絡船に向けて通路をダッシュしていく様が風物詩でした。
車は車でフェリー乗車待ちの列が宇野の街を超えて国道30号の王子が岳ループあたりが
最後尾とか。

自分が宇高航路を最後に使ったのはWINS高松通い。
当時はWINS岡山が建物まで作ったものの計画で頓挫した&JRA電話投票権が確保困難で
代行業華やかりし時代でしたから一番近場でJRA馬券が買える場所として岡山県南から
それなりの競馬ファンが押し寄せてました。
フェリーの後は5分ほど歩いてJR高松駅前発の無料送迎バス利用です。

その後、WINS米子が出来て岡山県南の競馬ファンが米子道メインの移動に変わったのも
地味に痛かったかな?

なお、フェリー名物の甲板うどん代替はJR高松駅ビル内のうどん街だそうです(汗

Posted by: おさるさん | December 17, 2019 11:02 PM

宇高航路に乗ったのはあとにも先にも、たぶんそのとき一度きりだったので、当時は3社が運航していたとうのを初めて知りました。
「道路の代わり」と聞かされたのは、もしかして宇高国道フェリーだったのかもしれません。
当時はそれだけ需要があったということですね。
馬券を買いにいくのに宇高連絡船を使っていたというのはすごい(^_^;)

Posted by: さいとー | December 18, 2019 11:50 AM

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