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April 19, 2017

川島正行配合の血統から

午前6時起床。依頼のあった地方競馬グルメ関連の原稿を早朝から書いてたら腹減った。そして通常出社。税理士さん来社。源ちゃん弁当は、シーフードミックス、エビフライ増し(笑)。夜は大井へ、東京スプリント。
昨日『地・中・海ケイバモード』の東京スプリント展望で、◎キタサンサジンは故・川島正行調教師が配合にかかわった血統、というような話をちらりとして、本日実際にキタサンサジンが勝ったあとにも競馬場でそのようなことを話したら、「その話をブログにアップしなさい」という司令があり。過去に書いた記事を下記に一部抜粋でアップいたしました。キタサンサジンのおじにあたるキタサンテイオーは、川島正行さんが調教師としての重賞初制覇となった馬。で、キタサンサジンの祖母、すなわちキタサンテイオーの母、キタサンクインの配合(母パーセントに父ロジンスキー)は、川島正行さんが考えた、というお話し。

競馬●東京スプリント。気合を入れてハナをとったキタサンサジンがぎりぎりしのいで逃げ切り。後方3番手から直線伸びたブライトラインが迫ったがアタマ差まで。1 1/4馬身差3着にレーザーバレット。●G3アールオブセフトンS(ニューマーケット9F,4&up):4歳初戦のスティールオブマドリッドが重賞初勝利。人気となったゴドルフィンのフォークスウッドは半馬身差2着。●G3ネルグウィンS(ニューマーケット7F,3yo f):父アクラメーションのダバンが昨年のデビュー戦から2連勝。3/4馬身差2着にアンフォーゲッタブルフィリー。今年のケンタッキーダウンズの開催は、9/2,7,9,10,14の5日間開催。メインのG3ケンタッキーターフCは9日。

本日も休肝日。
→ウソです。帰りに、とり鉄@浜松町でちょっと飲んだんだった。雪の茅舎・山廃純米を燗で。陸奥八仙・赤ラベル・特別純米酒。Yoshidagura・無濾過生原酒・山廃純米。


『UMAJIN』2013年6月号 『川島正行伝説〜第二章』より一部抜粋
※校正前の元原稿ゆえ、誤字脱字等あるかもしれません。
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Kitasan そして川島正行厩舎に初重賞のタイトルをもたらしたのが、北島三郎のキタサンテイオーだ。
「平和賞は絶対勝てる自信があったから、競馬場にはめったに来ない奥さんも連れてくるように、オヤジには言っておいたんだ。祝勝会の宴会場も予約してあった(笑)」
 キタサンテイオーは1992(平成4)年8月のデビュー戦を6馬身差圧勝で飾ると、負けなしの3連勝。そして断然人気で臨んだのが11月の平和賞だった。デビューから手綱をとっていた石崎隆之騎手は3番手を追走。直線では、のちの東京ダービー馬プレザントと叩き合いとなり、これを半馬身差でしりぞけ、3着馬には7馬身差がついていた。
 続く青雲賞は無敗馬同士の対決に注目が集まったが、翌年の羽田盃まで連勝を続けることになるブルーファミリーに1馬身半差の2着に敗れてしまう。しかし全日本3歳(現2歳)優駿では再びプレザントを負かし、地方の2歳チャンピオンに輝いた。
 キタサンテイオーで初めての重賞を勝った喜びは、川島正行にとってこれ以上ないものだった。騎手時代から世話になっている北島三郎への恩返しになったことももちろんだが、川島自信が配合を考えた馬でもあったからだ。
 子供のころ勉強が大嫌いだったことは前号で触れたが、こと、競馬に対する情熱は人一倍のものがあり、川島はジョッキー時代から機会を見ては海外の競馬先進国の競馬を見て回った。
「最初は香港だ。近かったら(笑)。アメリカでは、チャーチルダウンズで土屋薫(浦和から移籍した女性騎手)が乗ってたから案内してもらったんだ。その時に見たのがニジンスキー。そのあと、イギリス、アイルランドにも行って、血統のことだとか、いろんなことを学んできた」
 キタサンテイオーのサクセスストーリーは、その母の母パーセントに、川島がケンタッキーで直に見たニジンスキーの直仔ロジンスキーをつけたところから始まる。生まれたのがキタサンクインで、これは川崎の村田六郎調教師のもとで東京プリンセス賞3着など活躍。引退後のキタサンクインには何をつけるか熟考の結果、川島はサウスアトランティックという答えを出した。そして生まれた初仔が、のちのキタサンテイオーとなる。
「その仔がすばらしかったわけよ。これは絶対何か大きい仕事をするぞということで、オヤジにも頼んで、これはという馬につけようと思っていた“テイオー”という名前をつけたわけさ」
 川島は欧米の競馬や厩舎を視察したなかで血統にもこだわるようになった。サウスアトランティックを付けたのは、ナスルーラの4×5×5というクロスを狙ってのものだ。
 しかしキタサンテイオーが川島正行厩舎で走ったのは2歳時のみ。北島三郎は中央でも馬を持っていたが、この時期にはこれといった活躍馬がなく、「オヤジ、これを中央に持っていけば重賞勝てるから」と中央移籍を川島から進言。自分の手元に置いておけば南関東のクラシック戦線で活躍できただろうが、これはいわば北島に対するさらなる恩返しでもあった。
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(追記)
キタサンテイオーは、休養明け中央転入初戦のオープン特別・朱鷺Sで2着、重賞では残念ながら関屋記念5着が最高という成績でした。

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